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大田区から世界へ!下町ボブスレーがみせた町工場の底力

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2014.01.23 UPDATE

下町ボブスレー

専用コースを時速130〜140キロで滑走し、「氷上のF1」ともいわれるウィンタースポーツ、ボブスレー。大田区の町工場の力を集結して機体を製作し、世界を目指す。そんなストーリー性が話題を呼び、3月にはドラマ化も予定されるなど、いま熱い注目を集めているのが「下町ボブスレー」です。100社以上もの企業が関わる官民協働の壮大なプロジェクト「下町ボブスレー」は、どのようにして実現したのでしょうか?プロジェクト推進委員の舟久保利和さん(株式会社昭和製作所)、制作委員の西村修さん(株式会社エース)と國廣愛彦さん(株式会社フルハートジャパン)にお話をうかがいました。

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冬季五輪競技のボブスレーに夢を感じたんです

2012年12月に初のテスト走行を実施。前年の全日本選手権優勝タイムを上回るタイムを記録し話題に。 2012年12月に初のテスト走行を実施。前年の全日本選手権優勝タイムを上回るタイムを記録し話題に。

2013年3月に行われた「下町ボブスレー」二号機制作説明会の様子。97社もの企業が集まった。 2013年3月に行われた「下町ボブスレー」二号機制作説明会の様子。97社もの企業が集まった。

──「下町ボブスレー」というプロジェクトが始まった経緯から教えていただけますか。

舟久保:始まりは、「大田区を盛り上げたい」という大田区産業振興協会からの発案でした。何かないかとアイデアを模索するなかで、まだ日本製のないボブスレーを作り上げることが、大田区の金属加工技術力を結集できるのではと考えました。冬季五輪の競技にもなっているので夢もありますよね。そこから委員長の細貝淳一さんを中心に、「下町ボブスレー」ネットワークプロジェクトとして動き出しました。
國廣:2011年12月の立ち上げ時は15社でしたが、2012年9月には30社に、2013年7月には60社が参加し、その後、印刷会社などさまざまな業種の企業も加わり、今では100社以上が関わるプロジェクトになっています。

──もともと、横のつながりはあったのですか?

國廣:いえいえ、まったくありませんでした。僕ら3人も、知り合ってまだ1年くらいなんですよ。
舟久保:地方の工業地域の場合、ひとつの親会社があって、そこに城下町のように中小企業が集まる構造になっています。でも大田区には大企業がたくさんあり、それぞれにつらなった中小企業から成るいわばいろんなピラミッドが重なっている状態なので、隣の会社でもまったく仕事内容を知らないこともあります。そこに今回、ボブスレーという新しいピラミッドが生まれて、みんなが集まったという感じなんです。

──ボブスレーを作るのはどの会社も初めてのことですよね。当初の反応はいかがでしたか?

舟久保:完全に、ポカーンでしたね。ボブスレーを知っていても、車体を作るのか、競技場を作るのか、どちらかもわからない(笑)。ほんとに、雲をつかむような話でした。

──それでも参加された理由とは?

舟久保:実は中心メンバーのほとんどが2代目経営者で、30〜40代の若手です。大田区にかつて9,000社あった会社が今は4,000社ほどとなり、その半数が従業員3人以下の中小企業です。業績がよくても、世代交代ができずに廃業する会社も少なくありません。そんななか私たちは、次世代として何かしなくてはいけないという問題意識を強く持っていました。そこに、このプロジェクトがポンと投げられたわけです。
國廣:また大田区では、それまで車やロケットの重要なパーツも作っていたけれど、最終製品は作ったことがなかったので、技術力をアピールすることができなかった。それなら自分たちで作ろう、という思いもあったんです。

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何をすべきか見えたら、何でもできるのが大田区の町工場

曲げる、溶接、研磨等の技術が結集されたボブスレーの部品の数々。 曲げる、溶接、研磨等の技術が結集されたボブスレーの部品の数々。

取材も殺到している。メディアに出続けることも「下町ボブスレー」の知名度をあげるための重要なミッションひとつ。 取材も殺到している。メディアに出続けることも「下町ボブスレー」の知名度をあげるための重要なミッションひとつ。

──プロジェクトを進める上で、どんなことが大変でしたか?

西村:まず、このプロジェクトは無償なんです。本業の合間を縫っての作業となりますから、「メリットがないからやめよう」と思う人も当然います。ですので、モチベーションをどう持ってもらうか、ということに気を配ることが大変でした。だから参加のハードルを下げるため、ボルト一本の製作でも、各企業には参加したと言ってもらっていいことにしています。
また、やろうと思えば一社でもできる仕事を、多くの会社でやることで付加価値を生もうとしていたため、どこに何を頼むかというコーディネートの難しさもありました。
舟久保:一方で、他社とつながりができるなど、プロジェクトに参加するメリットもいろいろありました。これまでにも異業種交流会や若手経営者の会合はありましたが、案外飲み会で終わっちゃったりするんですよ。
西村:そうそう。飲むとグチや悩みの話になりがちだしね(笑)。でも今回は、実際にものを作っているので、相手がどういう仕事をしているのかがよくわかりました。それをきっかけに、それまでは断っていたような仕事も、「大田区内にこういう仲間がいるから、協力してやればできます」と言えるようになったんです。

──プロダクトアウトまでわずか1年というスピードにも驚かされました。

國廣:何をすべきかさえ見えたら、何でもできる技術があるのが大田区の町工場の強みなんです。
舟久保:あと、ボランティアだったからよかった面もあると思います。「少しでも多くの会社に元気になってほしい」という理念に、多くの人が共感して動いてくれました。
國廣:公的機関のサポートも大きかったですね。大田区産業振興協会の方々が、スポンサーとの契約やお金のやりとりといった実務を、まるで我々の秘書のようにこなしてくれました。わずか数人で、勝手なことばかりいう経営者たちをまとめるんだから、すごいですよ(笑)。
西村:大田区で何十年もものづくりしている職人さんたちも、「若いのが一生懸命やってるから」という心意気で支えてくれて。そんなふうに、影でサポートしてくれている方もいっぱいいるんです。

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町工場のスピードとスケール感に合う市場はほかにもあるはず

左から、プロジェクト推進委員の舟久保利和さん(株式会社昭和製作所)、國廣愛彦さん(株式会社フルハートジャパン)と制作委員の西村修さん(株式会社エース)。 左から、プロジェクト推進委員の舟久保利和さん(株式会社昭和製作所)、國廣愛彦さん(株式会社フルハートジャパン)と制作委員の西村修さん(株式会社エース)。

2013年12月に行われた全日本選手権では大田区からツアーが組まれた。下町ボブスレーの輪が広まっている。2013年12月に行われた全日本選手権では大田区からツアーが組まれた。下町ボブスレーの輪が広まっている。

──町工場というローカルビジネスが持つ強みとは?

舟久保:ひとつは、スピードです。経営者直轄で動いているので、プロジェクトがスタートしてすぐに製作に取り掛かれました。あと、市場の小ささも、ひとつのメリットだと思っています。ボブスレーなんて、大量生産するものではない。逆に言うと細かくて柔軟性のある対応が求められるのだと思うんです。そういった小規模な受注のニーズに即座に対応できる、スピードやスケール感が合う市場が、ほかにもいっぱいあるはずなんですよね。そこに、ピラミッドの2段目や3段目から飛び込んでいきたかったんです。
西村:今は高度経済成長期のように、口を開けて待っていたら仕事がくる時代ではありません。これからは我々中小企業も、仕事をつかみにいかなければいけない。大手メーカーさんとも、設計の段階から一緒にものづくりができれば、わざわざアジアのほかの国に頼まなくても、近くでいいものを安く作ることができるはずです。そうした技術と体制があることを、このプロジェクトを通じて発信していきたいと思っています。

──今後の目標を聞かせてください。

國廣:残念ながらソチ五輪では不採用となりましたが、その理由のひとつには、選手とのコミュニケーション不足があったと思います。作ったものを、しっかり検証する時間も必要でした。次からはもっと選手の声に耳を傾けながら、提案型のものづくりをしていきたいですね。
西村:私たちは日本語の設計図もない、ゼロからのスタートでここまできました。だからこそ、この環境で作ったボブスレーが、世界最速といわれるBMWを追い越せれば、世界にアピールできるものになります。そのためにはどんどん作り込んで、前回より0.1秒でも速くなるように改良していくしかありません。
舟久保:まだ、スタートして2年ですから。次は4年後の平昌五輪をめざして、進化し続けていきたいと思っています。

取材を振り返って

日本の製造業の縮図といわれるほど、さまざまな技術を持つ工場が集まる大田区。そこでのボブスレー誕生の舞台裏には、現状から脱却すべく奮闘する若き経営者たちと、それを献身的にサポートする大田区産業振興協会との強い信頼関係がありました。自分たちの技術力を結集して、五輪を目指す。その夢のあるプロジェクトが共感を呼び、多くの人々の心を動かした「下町ボブスレー」。小さな町工場の挑戦から生まれたリアルストーリーは、大田区のみならず、日本の製造業界にとっても大きな刺激となるに違いありません。

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下町ボブスレー
大田ブランド登録企業である株式会社昭和製作所、株式会社上島熱処理工業所、株式会社マテリアルetc.とその趣意に賛同した株式会社童夢カーボンマジック、株式会社ソフトウエアクレイドル、国立大学法人東京大学等が共同で、日本初の日本人のための2人乗りボブスレーソリを開発。プロジェクトを通して日本が弱いとされてきた「もの・ことづくり」の基礎を築き、大田区・日本のものづくりの将来の可能性を世界に示し、さらに次世代を担う若者へ「ものづくりは面白い」と五感に訴える。「ボブスレー」製造に参入することにより、大田区・日本のネットワークの世界的な技術信用度および開発プロデュース力をPRし、欧米市場のスポーツ案件や環境エネルギー開発、航空機産業などへ提案、受注獲得を目指す。
http://bobsleigh.jp/

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