
この作品を初めて読んだのは確か20代、同じ帰国子女の友人から薦められたのがきっかけです。まずパッとページを開いたときに、日本語なのに文章が横書きで、今までにない世界に連れていってくれそうだという期待感を覚えました。そして、読み始めてすぐ、「あっ、私の頭の中と同じだ!」と感激しました。というのも、日本語と英語がない交ぜに書かれているんです。著者の水村美苗さんも帰国子女で、「私小説」というだけに彼女自身の体験が色濃く反映された作品だと思います。主人公は12歳で渡米して、日本語と英語、両方の世界観の中で育った女性。その主人公が、アメリカにも日本にも馴染みきれない中途半端な自分の存在について、日本語に英語独特の言い回し、慣用句などを織り交ぜながら語っているんですね。その両方の言語を行ったり来たりしながら思考する感じや、それぞれの言語特有のニュアンスを含む言葉は訳さず使っている感じが私の頭の中と同じだと思い、強烈に作品に惹かれていきました。
また、アメリカと日本、どちらにも居場所がないという主人公の感覚に強く共感しました。私は小学校のときにアメリカ、中学校は日本、高校でカナダと、日本と北米を行ったり来たりしながら育ったのですが、北米にいても日本にいても、違和感を覚えたり、自分が周りから浮いているように感じたりすることが未だに多々あります。ふたつの言語・文化の境界線上に生きていて、時折とても孤独を感じたりする。その独特の感覚が、「私小説」の中にそのまま描かれていたんです。あ、同志がいた!と思いましたね。痒いところに手が届く、というとおかしいですが、こういう本ってなかなかないと思い、大切にしている本です。もちろん基本的には日本語ですし、難しい英語もほとんどないので、その不思議な世界観に浸ってみたいという方に是非読んでいただきたい作品です。