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プロフィール

2014.11.13 株式会社自遊人代表取締役/クリエイティブ・ディレクター 岩佐十良

東京駅から電車でわずか1時間40分。新潟県南魚沼市の秘湯、 山温泉に2014年5月にグランドオープンしたばかりの温泉宿『里山十帖』が大きな話題を集めています。「衣・食・住・遊・農・環・芸・癒・健・集」という10のコンセプトを掲げ、四季を通じてさまざまな体験を楽しめるこの場所は、果たして従来の温泉旅館とは何が違うのでしょうか。雑誌『自遊人』の編集長で、株式会社自遊人代表取締役/クリエイティブ・ディレクターの岩佐十良さんにお話をうかがいしました。

目指したものは「宿のメディア化」

──雑誌『自遊人』が温泉宿をはじめられたと聞いて、驚きました。

岩佐:『自遊人』は創刊が2000年なので社内の他事業よりも前からやっていましたが、「果たしてうまく伝わっているんだろうか?」という疑問がずっとあったんです。たとえばお米の特集だとしたら、生産者の話や、どのようにつくっているのかを4ページくらいずっと書いたところで、食べてみる以上に伝えることはできないんですよね。それなら先に食べていただいて、興味を持たれたら「なぜおいしいのか」を書いてある記事を読むことができる環境をつくりたいと思い、まずは2002年に「国産・無添加」にこだわった食品ECサイト『オーガニック・エクスプレス』を立ち上げました。当時はECサイト自体がほとんどなく、「国産・無添加」の商品だけを扱ったのはうちが国内初でした。さらに、僕たちが良いと思っているものや、おいしいと思っている食事を体験いただける場として、この『里山十帖』をはじめたんです。

──つまり、すべてつながっているということでしょうか。

岩佐:そうですね。『自遊人』、『オーガニック・エクスプレス』、『里山十帖』は単独で成り立っているのではなく、記事を読んで興味を持ってECサイトで買っていただく、あるいは泊まっていただいてから雑誌で情報を調べるなど、ぐるぐると回遊していただくことで、それぞれが役割を果たしていくものだと考えています。どれも体験した方に「おいしい」や「楽しい」など、さまざまな情報を伝えることのできる媒体なので、僕たちはすべてメディアだと思っています。実際に食べていただくことや泊まっていただくことに重きを置いているという意味では、雑誌はもはや、体験を通じて感じた疑問や、さらに知りたいことを補うためのサブメディアだと位置づけています。


里山十帖の外観(左)、食器や家具、食材などは宿泊棟1階のライフスタイル提案ショップ「craft & products THEMA」で購入できる(右)

──温泉旅館の場合、どういう部分がメディアになるのでしょうか。

岩佐:『里山十帖』をオープンする際には、ただ温泉に浸かって眠るだけという旅館にはしたくなかったんです。以前から「国産・無添加」での食にこだわってきたので、最初はレストランをつくりたいと考えていました。そんな時に温泉宿をはじめてみないかというお誘いをいただいて、滞在型の施設であれば食だけではなく、建物、お風呂、家具などのこだわりも見せることができるなと考えたんです。そして、食品や食器、家具などをその場で買えるようにしたら、気に入った方がいればライフスタイルにすぐに取り入れていただくこともできる。これは「インタラクティブ・メディア」の新しいかたちですよね。そう考えて、まったくやったことがなかったのでリスクもありましたが、思い切って乗っかってみることにしたんです。

東日本大震災がすべてを変えた

──大沢山温泉とは、どういうところなのでしょうか。

岩佐:『里山十帖』のある大沢山温泉は新潟の中でも秘湯といわれ、源泉をひいている宿は3軒しかないマイナーな温泉地なんです。泉質はトロトロとした感触で非常によいものの、温度は27度しかないので加熱しないといけません。でもそうすると燃料を使うことになり、燃料代も高いし、エネルギーを使うので環境にも良くない。それでもなぜ引き受けたのかというと、地元の農家の方が声をかけてくれたからです。商売をするならメジャーな温泉地を選ぶと思いますが、どこも基本的に外からの資本を一切入れず、住んでいる人たちだけで運営をされているので新規参入が難しいんです。それなのに、ここでは温泉旅館が廃業するからやってみないかと言ってもらえました。これは本当にありがたいことです。そこで僕たちが思ったのは、この地で商売をしていくのであれば、この話をしっかり検討しないといけないということでした。だって、3軒のうち1軒がこちらの判断如何でなくなってしまうんですから。翌日すぐに見学に行き、建物と周囲の環境に一目惚れして「よし、やろう!」と決めました。

──とは言え、旅館の運営ははじめてですよね。不安や葛藤はありませんでしたか?

岩佐:それが、葛藤は一切なかったんですよ。というのも、この話を持ちかけられたのが2012年5月で、東日本大震災から1年ちょっとというタイミングだったので、東日本大震災以上の災害がいつ起こるとも限らない、人生はあっという間に終わってしまうかもしれない、という考えは残っていて、それならもう怖がっている場合ではないじゃないか、葛藤なんてしている時間はないのだと思いました。今でもそう思っている部分もありますし、他の多くの方がそうであったように、人生観が大きく変わったのは間違いないですね。

──震災以降、食に対する安全基準も大きく変わりました。

岩佐:もともと『オーガニック・エクスプレス』をはじめた12年前から、安全な食糧を提供するということは重要視してきました。無添加のものにこだわっていたのも、少しでも危険性のあるものに関しては販売しないでおこうという考えからです。ですので、震災以降はさらに検査を厳密にして、少しでも人体に影響のある物質が残っていないか、すべてチェックするようにしています。この点はこれからもずっと気を付けていきます。

里山十帖への行き方

〇公共の交通機関を利用の場合

【越後湯沢駅から】 定額タクシーで夏季は3,000円、冬季は3,600円。定額タクシーは魚沼中央タクシーのみ利用できます。
【大沢駅から】 チェックイン・チェックアウト時各1本、上越線「大沢」駅への無料送迎があります(予約制)。詳しい時間はオフィシャルサイトをご確認ください。それ以外の時間は定額タクシーをご利用ください。大沢駅からは夏季1,000円、冬季1,200円です。ご利用可能時間は20:00までです。

〇お車を利用の場合
関越道練馬インターから塩沢石打インターまでは175km、約2時間。インターからは約10分
■ 関越自動車道 練馬I.C→約2時間→塩沢石打I.C
■ 関越自動車道 新潟西I.C→約1時間30分→塩沢石打I.C から約10分

お米を食べて「おいしい」と思うことも農業

───「衣・食・住・遊・農・環・芸・癒・健・集」という10のコンセプトはどのように決められたのでしょうか。

岩佐:最初から10個つくろうと考えていたわけではなくて、衣食住を中心に僕らがやりたいことに優先順位をつけていった結果ですね。生活の基本として、まず衣食住があって、そこから派生して『里山十帖』ではどんなことができるのか、どういうものを提供していくのかと考えたんです。つくろうと思えば無尽蔵に挙げることができますけど、10という数字はキリもいいですし、「十帖」という響きもいいなと今のスタイルに落ち着きました。


インタビューを受ける岩佐さん(左)、日本一の米どころ、魚沼の中でもさらにおいしいと言われている南魚沼市西山地区大沢・君沢・樺野産のお米。炊きたては言うまでもなく、冷めてからでもおいしくいただくことができる。(右)

──たとえば「農」なら農業体験ができるわけですね。

岩佐:もちろん。でも僕らは極端な話、お米をおいしいと感じてもらうことも農業の入口だと思っています。たとえば、「どうしておいしいんだろう?」と考えて、おうちに戻られてから同じお米を買って土鍋で炊いてみたとします。でもここで食べた味と違ったら、生産者なのか土地や気候なのか、肥料なのか、どこに差があるのか気になりますよね。人間はおもしろいもので、そのうちにつくってる現場が気になって見てみたくなるものなんですよ。だから僕らは強引に「農業体験しましょう!」と勧誘するつもりはなくて、したくなったら体験できる場を用意していますよ、というスタンスでいます。

──高価なデザイナーズチェアに座れるのも、貴重な体験になりました。

岩佐:どんなものでも先に値段を見てしまうと「高いからよいもの」って思っちゃいますよね。それだと自分にぴったり合うものと出会う機会を逃してしまってもったいないので、ここでは部屋やラウンジなどで、もし気に入ったらショップ『craft & products THEMA』に置いてありますので、買ってもらえればいいなと思います。 また玄関には入ってすぐのところに『アルネ・ヤコブセン』のエッグチェアを置いていますが、築150年の古民家とマッチしていると思いませんか。古民家のかたちは卓越した素晴らしい建築デザインですので、世界の著名デザイナーの家具は調和するんですよ。それを実際に見てもらうためにも、ぜひ一度来ていただきたいですね。

取材を振り返って

あらゆる土地の温泉旅館を取材してきた雑誌『自遊人』ですが、最近では宿泊客の要望にすべて応えるという風潮が全国的に広がっており、スタッフの働きにくさを強く感じているそうです。逆に『里山十帖』では至れり尽くせりのサービスをしなくても、宿泊者もスタッフも居心地よく過ごせる方法を追及。その姿勢は、口コミサイトなどで高く評価されています。従来とは異なるアプローチでの成功例を受けて、今後同じような取り組みが広がっていくかもしれません。

里山十帖  PROFILE

新潟県南魚沼市大沢山温泉に2013年11月にプレオープン、2014年5月17日にグランドオープンしたライフスタイル提案型の複合施設。経営は雑誌『自遊人』を発行する株式会社自遊人で、同社の岩佐十良代表が設計・デザイン・空間構成をすべて手掛けている。客室は、日本百名山のひとつに数えられる巻機山を望むマウンテンビューが6室、深々とした里山を間近に感じられるフォレストビューが6室で、どれもデザインコンセプトが異なっている。ご予約はオフィシャルサイトおよび電話(025-783-6777・11:30~20:00)にて。
http://www.satoyama-jujo.com/